横浜地方裁判所 昭和36年(行)7号 判決 1966年10月20日
原告 東京中央木材市場株式会社 外一名
被告 横浜市長
主文
原告らの請求のうち清算交付金の増額を求める部分の請求を却下し、その余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
原告ら訴訟代理人は、「一、被告が原告らに対し昭和三六年二月一五日付換地処分通告書によりなした横浜国際港都建設事業反町地区土地区画整理事業の換地計画による、原告ら共有の従前の宅地である別紙物件目録第二記載の宅地に対する現地換地処分清算交付金額を七、二一八円とする決定を取消し、右清算交付金額を一、二六七、〇〇〇円とする。二、被告は原告らに対し前項の変更清算交付金一、二六七、〇〇〇円及びこれに対する昭和三六年一一月一六日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。三、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに第二項につき仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は「一、原告らの請求を棄却する。二、訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。
原告ら訴訟代理人は請求原因として次のとおり述べた。
「一、原告らは別紙物件目録第二記載の宅地(以下本件従前の宅地という)の共有者であつたところ、被告は昭和三六年二月一五日付横浜国際港都建設事業反町地区土地区画整理事業(以下本件整理という)の施行に伴う現地換地処分通知書をもつて、原告らに対し右宅地を別紙物件目録第一記載の宅地(以下本件換地という)に変更し、本件従前の宅地と換地との差積八三・七六平方メートル(二五・三四坪)についての換地処分に伴う清算交付金額を七、二一八円としたが、右通知書は同年三月五日原告らに到達した。
二、しかし右換地処分に伴う清算交付金額の決定は次の理由により違法違憲であつて取消変更されるべきものである。
(一) 本件整理事業に伴う換地処分により事業の対象となる土地が減坪されることは実質的には土地収用であり、従つて換地処分に伴う清算金の交付は憲法二九条三項に所謂補償である。
従つて本件換地処分によつてなされた本件従前の宅地に対する減坪に対しても正当な補償がなされなければならない。そして正当な補償とは土地区画整理法(以下本法という)九四条に従つて算出されるべきである。ところが本件換地処分による本件換地は土質、水利、環境は従前の宅地と変らないが、前記のとおり地積において八三・七六平方メートル(二五・三四坪)減坪され、これに加えて従前の宅地上には一階九四・三一平方メートル(二八・五坪)、二階五二・八九平方メートル(一六坪)の事務所兼居宅が存在していたので従前の地積のままであればもう一、二棟の建物の築造は可能であつたのに右減坪によりその築造は不可能となり右法条に所謂「利用状況」は不利になつたのである。
従つて本件換地処分に伴う清算金額は右地積の減少とこれによる利用状況の低下を対象として査定算出されるべきなのである。そして本件換地処分当時の本件従前の宅地の価格は坪当り五万円であつたから、右処分に伴う清算金額は、右価格(本件整理事業により地価が上昇するとしてもその上昇額でなく本件従前の土地固有の価格である)に基いて決定されるべく、被告は右清算交付金額を右従前の宅地の単価に本件換地処分による減少地積八三・七六平方メートル(二五・三四坪)を乗じて得た一、二六七、〇〇〇円と決定すべきであつた(最高裁昭和三二年一二月二五日大法廷判決、同二九年(オ)第七五二号、最高裁判例集一一巻一四号二四二三頁、都市計画法一二条二項、耕地整理法三〇条、鳥取都市計画事業鳥取火災復興土地区画整理施行規定一五条)。
なお、仮りに清算金額算出の基礎を固定資産課税評価額によるとしても本件従前の宅地の三・三〇平方メートル(一坪)当りの価格は約三、八七六円であり、これをもつてしても減少地積の価格は一〇万円以上となる筈である。
しかるに被告が本件換地処分に伴う原告らの交付を受けるべき清算金額を七、二一八円としたのは不当に低額に清算交付金額を決定したものであつて本法九四条に違反しひいては憲法二九条三項に違反した違法違憲のものであるから取消さるべきであり、更に右清算交付金額は前記のとおり原告ら主張の算出方法に基いて一、二六七、〇〇〇円に変更されるべきであり、被告は原告らに対し右変更された清算金を支払わなければならない。
(二) 仮りに、本件換地処分に伴う清算交付金額が本件従前の宅地に対する減少地積の価格相当の金額でないとしても、本件清算金額の算定方法として被告は法令に根拠のない比例清算方式を採用し、かつ清算金額算定の基礎となる宅地評価方法として、横浜市の内規である「土地区画整理事業宅地評価要綱」並びに「同細則」に従い路線価式評価方法を採用しているのであるが、右比例清算方式は、換地処分に伴う清算金の交付金額と徴収金額をプラスマイナス零にしようとする方式であり宅地を不当に高く或いは低く評価することがありうるものであるから同方式の採用自体適正でないし、右路線価式評価方法は路線価を基礎として行うものであるところ、路線価そのものの評価が適正でないため被告は本件従前の宅地の評価を不当に低額になしているのである。
右のような清算金額算定方法及びこれを定めた横浜市の前記内規は憲法二九条三項の趣旨に違反し無効であり従つてこれに基づきなされた本件清算金額決定処分も右法条に違反しているし、本件清算金額自体不当に低額であつて右法条に所謂正当な補償ということはできないからいずれにせよ右決定は取消されるべきものである。
三、原告らは右決定につき前二項記載の理由で、昭和三六年三月一四日付で神奈川県知事に対し訴願を提記したが、同知事は昭和三六年一一月二四日現在なんらの裁決をせず右訴願提起の日から三カ月を経過したので行政事件訴訟特例法二条但書により本訴に及んだ。
四、以上の次第であるから、(一)第一項記載の本件換地処分に伴う清算交付金額決定を取消し、清算交付金額を一、二六七、〇〇〇円と変更すること、(二)被告が原告らに対し、右変更された清算交付金一、二六七、〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和三六年一一月一六日より右支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払をなすことを求める。」
被告訴訟代理人は、答弁及び抗弁として次のとおり述べた。
「一、請求原因第一項の事実中、原告らがもと本件従前の宅地を共有していたこと、被告が昭和三六年二月一五日右宅地を含む反町地域を対象地区とする本件整理に伴う換地処分を行つたこと、原告らに対する換地処分の内容は、本件従前の土地に対し本件換地を換地として定めたものであり、清算交付金額を七、二一八円と定めたことは認める。
二、同第二項(一)の事実中、本件換地の位置が概ね現地換地であることは認めるが、その余は争う。本件清算交付金額七、二一八円は本件整理に伴う換地処分により本件従前の宅地と換地の差積八三・七六平方メートルに対する補償金ではなく、本法九四条に基づく清算金である。
仮りに本件従前の宅地の固定資産課税評価額が原告ら主張のとおりであつても、清算金は整理施行により減少した従前の宅地の地積に固定資産課税評価額を乗ずることにより得る額をもつて定められるものではなく、別に本法の定める手続を経て定められるものである。
三、同第二項(二)の事実中、被告が原告ら主張の清算金算定方式をとること、右算定が原告主張の内規に従つてなされたことは認めるが、その余の事実は否認する。
四、同第三項の事実は認め、同第四項は争う。
五、土地区画整理事業の施行に伴う換地清算とは、換地処分前の宅地と換地として定められた宅地の価格につき、事業施行地区内の他の宅地に比較して不均衡な部分を金銭により調整することであり、本件整理に伴う換地清算金交付額の算定は次のとおりになされた。
(一) 宅地価格の評定について
(イ) 宅地価格評定の方法は達観式評価方法と路線価式評価方法とに大別されるが、本法及び同法施行令並びに施行規則に別段の定めがないので横浜市においては内規として昭和三五年三月「土地区画整理事業宅地評価要綱」並びに「同細則」を定め法三条三項、四項の規定による土地区画整理事業の宅地評価はこれによることとし、同内規において路線価式評価方法を採用している。
(ロ) 路線価式評価方法は整理施行前後の各路線(道路)について路線価を付し、この路線価に基づいて各路線に面するそれぞれの宅地各筆について評定価格を算定する方法である。
(ハ) 路線価とは、ある路線に面する普通間口普通奥行を有する宅地(基準地という)の三・三〇平方メートル(一坪)当りの価格であり、横浜市においては住居地域において間口五・四五メートル(三間)以上を有しかつ一六・三六メートル(九間)の奥行を有する宅地を基準地とし、路線価を定める方法は事業施行区域内の宅地について価格差があると認められる相当数(地区地積の大小によるが、通常二〇ないし五〇個所位)の基準地を各路線に面する宅地の中から普遍的に選定し、この宅地について、その地区の評価員(三名)、土地区画整理審議会委員(一〇名)及び地元の土地事情精通者の意見を聞くの外、固定資産評価額、売買実例等を参考として各基準地の価格を定め、これを路線価とするものである。
(ニ) 右路線価は金円をもつて示されるが、長期間を要する整理事業において最終的処分(換地処分)までの間に価格の変動が生じるためこれを更正する便宜上ならびに彼我の比較を容易にするため、従前の基準地の最高評価格を一、〇〇〇としてこれを指数とし以下その比率によりそれぞれ八〇〇、七〇〇、………というように路線価を指数に換算し(これを路線価指数という)、通常この単位を積といい、例えば、換地処分直前における路線価指数に指数一個の値を乗ずることによりその時期の評価格を得られるようになる。
(ホ) 右路線価指数に基づく宅地価格の評定は、基準地との条件の相異による評定価格の相異(間口、奥行の過少過大、道路に出るのに私道を要する裏地、三角形地等により基準地より利用価値が低下し評定価格も安くなる一方、二方向路線の角地に当る宅地は側方路線の影響で基準地より利用価値が高く評定価格も上昇する)があるので、各筆の宅地についてそれぞれの条件により価格を調整するため予め定められている。
a 奥行価格逓減百分率(商業住居により異る)
b 三角形地逓減百分率(表地、裏地により異る)
c 間口過小地逓減百分率
d 奥行過小地逓減百分率
e 側方路線影響率(商業、住居、私道、公道により異る)
により精密に計算して、その宅地の三・三〇平方メートル(一坪)当りの平均指数を算定する。
(二) 比例清算について
比例清算とは、土地区画整理事業施行前と後との宅地価格の総額が同額とならない場合において(路線価及び面積が変るのでこの各総額は通常一致しない)その差額相当額を従前の各筆宅地価格に比例配分し、整理前と後との宅地総価格を同額として各筆清算金を定める方法である。
前記のようにして算出された整理前の宅地各筆の評価指数の総額は、右のように整理後の宅地各筆の評価指数の総額と通常一致しないので、このまま清算金を算出して徴収交付を行うことにより生ずる清算金の徴収額と交付額の差異をなくすため右比例清算を行う。
すなわち宅地各筆の整理前の評定指数に相当の比例率(全宅地についての整理前後の各評定指数を同額たらしめるための比例率のことで後記のとおりの算式により算出される)を乗じて清算指数を算出する。
(三) 一個価について
右方法によつて得た宅地各筆の計算結果は指数であり、これに指数一個の価格を乗じて価額(金円)で表わす。指数一個の価額は基準地の路線価指数の総和で基準地の総評価額を除して得た額をもつてこれを定め、これを一個価という。
(四) 本件関係の宅地評価について
(イ) 本件従前の宅地及び本件換地に関係ある逓減率は奥行価格逓減率だけである。
土地の価格はその土地の立地条件(各種施設への接近性及び施設の整備状況等)により差異を生ずるが、その内奥行の長短によつて生ずる土地価格の変化の割合を百分比で表わしたものが奥行価格逓減百分率であり、これは、一般に市街地における土地の価格は道路に接する部分において最も高く道路から遠ざかるに従つて減価するものであるからこの原理に従つて定められたものである。
(ロ) 本件従前の宅地は、巾員約三メートルの道路に接し、間口約七・三七メートル(四間)、奥行三九・四五メートル(二一・七間)のほぼ長方形の宅地である。
a 右宅地の接する路線の路線価指数を四二五個と定めた。
b 右宅地の奥行価格逓減率は〇・九一四であり、これを右指数に乗じ三一五・六三平方メートル(九五・四八坪)―評定図上の計算地積―に対する評定指数三、七〇八、九二一を求め、これを三一五・六三平方メートルで除し、平均三・三〇平方メートル(一坪)当り評定指数三八八個を得た。
c この平均三・三〇平方メートル当りの評定指数に従前の宅地の地積三一五・二〇平方メートル(九五・三五坪)を乗じ従前の宅地の評定指数三六、九九六個を求めた。
(ハ) 換地は、巾員約八メートルの道路に接し間口約一〇・九〇メートル(六間)、奥行二二・四八メートル(一二・三七間)のほぼ長方形の宅地で位置は概ね現地換地である。
a 換地の接する道路の路線価指数を五四〇個と定めた。
b この路線価指数に、換地の奥行逓減率〇・九六八を乗じて、前例のように評定すると換地の平均三・三〇平方メートル当り評定指数は五二三個となり、換地地積二三一・四三平方メートル(七〇・〇一坪)の評定指数は三六、六一五個となる。
(ニ) 反町地区全体の従前の宅地の総評定指数は四三、五九九、二〇五個で、これに対する換地の総評定指数は四三、六二三、一四二個であるから、これを同額とするため、前者で後者を除して得た比例率一・〇〇〇・五四九を本件従前の宅地の評定指数に乗じ、同宅地についての比例指数三七、〇一六個を求めた。
(ホ) 換地の評定指数は三六、六一五個となり、これと従前の宅地の評定指数三七、〇一六個との差四〇一個を求め交付指数を得た。
(ヘ) 価額は、指数一個価が一八円と定められたので、それぞれの評定指数にこの一個価を乗じ、従前の宅地の評定額は六六六、二八八円(平均三・三〇平方メートル当り六、九八八円)、換地の評価額は六五九、〇七〇円(平均三・三〇平方メートル当り九、四一四円)となり、差引交付額七、二一八円を得た。
(ト) これを要するに本件従前の宅地の換地清算金を零とする(地区全体から比較して均衡な換地を意味することになる)ためには、二三三・九五平方メートル(七〇・七七坪)の換地を定めるべきであつたが諸般の関係から本件換地処分の内容のとおり換地計画を決定したもので、清算金七、二一八円を交付することによつて真に公平な換地処分がなされたわけである。
以上のとおり本件清算金額決定には何ら違法はなく原告らの主張は失当である。
六、原告らは次のとおり既に本件換地の所有権を喪失し現在その所有者でないから、本法上清算金交付請求権を有しない。
(一) 原告森山秀貞は昭和三六年六月一五日本件換地の共有持分を訴外東京木材市場株式会社に対し売買により移転し、同月一九日その旨の登記を経た。
(二) 原告東京中央木材市場株式会社と右訴外会社は、昭和三七年七月四日本件換地の共有持分を訴外浅妻ミツ、同花田二三子、同浅妻美弥子、同神津満利也に譲渡し、同年七月九日その旨の登記を経た。
区画整理の換地所有権の移転がなされたときは、清算金交付請求権も換地所有権の承継人に移転するものである(大審院昭和一五年八月三日判決、同一四年(オ)第一九五二号)。
なお右判例は区画整理が耕地整理法を準用してなされた時代の判例であるが現在の土地区画整理事業にも当然適用されるべき性質のものである。」
原告ら訴訟代理人は、抗弁に対する答弁として、
「本件従前の宅地が巾員約三メートルの道路に接し、間口約八・四八メートル(四間四尺)、奥行三九・四五メートルの宅地であり、本件換地が巾員八メートルの道路に接し、間口一〇・二八メートル(五・六六間)、奥行二二・四七メートル(一二・三六間)の宅地であること、原告らが本件換地の共有持分を他人に移転し、被告主張のとおりその旨の登記を経たことは認めるが、清算金額算定方法及び宅地価格の評定が適正であることは争う」と述べた。
(証拠省略)
理由
一、本件従前の宅地はもと原告らの共有であつたこと、被告が昭和三六年二月一五日、右宅地を含む反町地域を地区とする横浜国際港都建設事業反町地区土地区画整理事業に伴う換地処分を行つたこと、原告ら共有の右宅地に対する換地として、本件換地を定め、清算交付金を七、二一八円と決定したこと、原告らは右決定につき、原告ら主張のとおりの理由により、同年三月一四日付で神奈川県知事に対し訴願を提起したが、同知事は同年一一月二四日現在なんらの裁決をせず、右訴願提起の日から三カ月を経過したので行政事件訴訟特例法二条但書に基づいて本訴を提起したことは当事者間に争がない。
二、そこで本件清算交付金決定処分の当否を判断するに先立ち、土地区画整理法(以下本法という)における清算金の制度がいかなるものであるかを検討する。
本法八九条は換地を指定する標準として、換地及び従前の宅地の位置、地積、土質、水利、利用状況、環境等が照応するように定めることを要求しており、右に照応するとは従前の土地各筆と換地各筆との関係は、通常人が考えて大体同一条件にあると認められることを意味し、従つて土地区画整理の施行者は、換地処分をするに当り従前の宅地各筆に対する換地の位置及び範囲を確認するためには、右法条に定めた標準に準拠して合理的になさねばならないことはいうまでもないが、災害の防止、或は衛生の向上、或は公益上、技術上の要請から、施行者は右同法条により客観的に定まる換地をそのまま確認することなく本法の定めるところによりこれを修正し、その結果或は増換地、減換地を指定し、或は換地を指定しないこと、或は立体換地を交付することがある(本法九一条ないし九五条参照)し、そのような修正を受け、或は修正を受けない場合でも実際上完全に照応する換地を確認することは著しく困難である結果、従前の宅地に対して客観的に存する換地と、現実に施行者によつて確認される換地との間に過不足―不公平―が生じ、宅地権利者間において、照応する客観的換地に対し、現実に確認される換地の価格が大であるために不当に利益を受ける者や、現実に確認される換地の価格が小であるか、換地が現実には確認されないため、何らの代償なしに客観的換地の一部又は全部を失うと同様の損失を受ける者が出てくることがある。
このような事業施行地区内の宅地について換地処分の結果生ずる不公平を過不足なく公平ならしめるため、施行者は過不足額を、不当に利得した者から徴収し、損失を受けた者に交付し、もつて金銭で清算しようとするものが清算金の制度である。
すると清算金の徴収は実質的にみて不当利得金の徴収であり、清算金の交付は実質において損失補償金の支払であるということができる。
三、このように、換地処分の結果生ずる地区内の宅地権利者間の不均衡をなくすのが清算金の制度であるから、清算金の算出方法は次のようになる。
(一) 従前の宅地各筆の価格に、従前の宅地全体の価格に対する換地全体の増加割合又は減少割合を乗じて得た価格が、最も公平に換地指定がなされる場合に指定されるべき換地各筆の価格であるはずである。
(二) そこで右指定されるべき換地各筆の価格と現実に指定された換地各筆の価格を比較し、後者が大となる場合に両者の差額が当該従前の宅地の権利者から徴収すべき清算金であり、逆に後者が小である場合に両者の差額が当該従前の宅地の権利者に交付すべき清算金である。
そして本法九四条は清算金算出の標準として換地処分の標準と同じく、従前の宅地の位置、地積、土質、水利、利用状況、環境等を総合的に考慮するべきものと定めているのであるが、清算金算出方法が前記のとおりとすれば、同法条は、清算金算出の基礎となる事業施行前後の宅地の評価をするに当り右諸要素を総合的に考慮するべき旨を定めたものと解するのが相当である。
四、ところで整理が施行されると地区内宅地の利用価値が増大し、従つて宅地価格も増加するのが通常であるが、道路、公園等の公共施設の新設もしくは拡張がなされる結果、整理後の宅地地積が整理前のそれに比して相当減少し、そのため整理後の単位当り宅地価格が増大しても宅地全体の総価格が減少する場合があり、この場合には換地が公平に確認されるか又は不公平が前記清算金の徴収交付によつて是正されることにより宅地権利者間に不均衡がなくても、宅地権利者はなおその全員の損失において宅地及びこれに対する権利の減少額を無償で収用されたと同様の結果となる。そこで憲法二九条に基づき本法は、右の場合に施行者は整理後の宅地全体の価格と整理前のそれとの差額に相当する金額を、従前の各筆の宅地価格及び使用収益権の価格に按分して支払うことを要する旨定めており(本法一〇九条一項、本法施行令六〇条)、これが所謂減価補償金の制度である。そして地区内の宅地権利者は、換地処分の結果損失を受けても宅地価格の評価さえ適正になされる限り右清算金及び減価補償金の制度によりその損失を完全に補償されるわけである。
五、清算金の制度及び清算金の算出方法が右にみてきたとおりとするなら、原告主張の清算金の算出方法は、従前の宅地全体の価格及び換地全体の価格を何ら考慮していない点において根拠のないものといわざるを得ないのでこれを採用することはできない。
なお原告が清算金の算出方法に関するものとして引用する最高裁判所の判決について考えるに、右判決は本法における前記減価補償金の制度が定められていない耕地整理法、都市計画法、鳥取都市計画事業鳥取火災復興土地区画整理施行規定に関するものであるが、本件に関係する判断部分としては、右法令に基づきなされた換地処分において、従前の土地につき実測地積と土地台帳記載地積とに差積のあるときに右土地につき右施行規定一五条の、「換地の清算について徴収又は交付すべき清算金額は、従前の土地の評定価格と換地の評定価格との差額とする」旨の規定に基づいて清算金を算出するには実測地積を基準としてなすべきであるというにすぎず、従前の土地が換地処分により減積された場合には、従前の土地と換地との差積に従前の土地の単価を乗じたものが、右従前の土地の権利者に交付すべき清算金であるとするものでないことは明白である。
よつて右判決は、本件換地処分に伴う清算金の交付額は本件従前の宅地と換地との差積に右従前の宅地の単価を乗じて定められるべきであるとの原告らの主張に一致するものではない。
六、そこで本件清算交付金決定の当否につき判断する。
被告が本件換地処分に伴う清算金を算定するに当り比例清算方式なる方式を用いたこと、横浜市においては被告主張の内規である土地区画整理事業宅地評価要綱、同細則があることは当事者間に争いがなく、原本の存在及び成立につき争いがない乙第一号証、成立に争いのない同第二号証、証人五十嵐優、同藤巻修(第一、二回)の各証言によると、右比例清算方式の内容が被告主張(被告の主張第五項(二))のとおりの内容であること、横浜市の右要綱には清算は右比例清算方式による旨定められており、被告はこれに従つて右方式を採用したものであることが認められる。
そうすると、被告が本件清算金の算出に用いた比例清算方式は要するに、換地処分後の宅地全体の価格の従前の宅地全体の価格に対する割合を求め、右割合を従前の宅地各筆に乗ずることにより、従前の宅地各筆に対し最も公平に与えられるべき換地各筆の価格を算出するという方式であることは明かであり、従つて被告が右方式を用いたこと自体は、前記のように宅地の評価を前提として清算金の算出に当り当然なすべきことであるから適正であるというべく、この点につき何ら違法はない。
原告らは、比例清算方式は清算交付金額と清算徴収金額とを差引き零にしようとするものであり、宅地を不当に高く或は低く評価することがあり得るものであるから、このような方式を被告が採用したこと自体適正でないと主張するが、清算交付金額と清算徴収金額とが差引き零となることは前記のような清算金の制度上当然のことであるし、比例清算方式は宅地の評価をするための方式ではなく宅地の評価自体とは別個のものであることは前記説示より明かであるから原告らの右主張は失当である。
七、すすんで本件清算金算出の基礎となる被告の宅地価格評価の当否を検討する。
宅地価格の評価方法については本法及び本法施行令並びに本法施行規則で別段の定めのないところ、横浜市の前記内規は本法三条三、四項による土地区画整理事業の宅地評価は右内規によるべき旨を定め、同内規においては路線価式評価方法なる評価方法を採用していること、被告が本件清算金の算定に当り右内規に従つて右路線価式評価方法を用いたことは当事者間に争いがなく、前掲乙第一、二号証、証人五十嵐優、同福田多嘉夫、同藤巻修(第一ないし三回)の各証言によると、右路線価式評価方法の内容は被告主張(被告の主張第五項(一)、(三))のとおりであることが認められる。
ところで個人及び組合施行の場合をのぞきその他の施行による土地区画整理事業の場合には、宅地の評価は評価員の意見を聞いて(本法六五条、七一条)施行者が決定するのであるが、その価格は宅地及び借地権等の客観的な取引価格でなければならないのであり、地区内の各宅地及び借地権等について平等の計算方法によつたというだけでは足らず、公平な方法によつて算出された結果が客観的な取引価格に一致するものでなければならない。
そして客観的な取引価格を決定する方法として従来主張されているものを大別すれば(一)客観的収益価格評価方法、(二)客観的取引価格評価方法、(三)前記のような路線価式評価方法の三つに分けることができる。
(一)は将来永続的に獲得し得べきものと期待される土地の標準純収益の総額の現在における貨幣価値であり、将来年々生ずる標準純収益を標準利率をもつて還元した資本価格を求めるものであるが、この方法は従前の土地については行い得ても整理後換地処分を行う際の換地を評価する方法としては、換地処分の際換地の収益が不明である関係上使用することができないものである。(二)は(1)目的土地を売却する場合に得られるべき価格の可能性を同一性を有する他の土地の売買価格の実例に比較して推定する売買価格比較法と(2)土地の実際の有形的状態について専門家が直後にその価格を評価する達観式評価法とに分けられるが、(1)は貨幣価値の変動が激しいときは区画整理によらない価格増を見出し得ない限り実際的に適用することは困難であるし、(2)は誰でも行えるものではなく煩雑でもあるから、区画整理の様に広汎な面積にわたり多数の画地について評価すべき場合には採用することが困難である。
右(一)、(二)に対し(三)は、要するに一個の街廓に属する画地の画一性に基づいて、街路毎にこれに接する基準地を選定して、その単位面積に対する価格―路線価―を定め、これを基礎としこれに個々の画地の特殊性に基づいて増減する価格を付加もしくは控除し算出する方法であり、我国において関東大震災後になされた東京横浜両市の復興事業における土地の評価に採用されているし、証人福田多嘉夫の証言によると建設省においても右方式を採用すべきものと一般に指導していることが認められ、右方法自体右(一)、(二)の評価方法の持つ欠点もなく、路線価の定め方及び画地の特殊性に基づく修正方法が適性になされるなら、最も理論的科学的な評価方法であると認めることができる。
八、本件従前の宅地と換地の各面する道路の巾員が被告主張のとおりであることは当事者間に争いがなく、これと前掲乙第一、二号証、成立に争いのない同第三ないし七号各証、証人前田慶次、同藤巻修(第三回)の各証言を総合すると、被告は被告主張のような基準地を定めたこと、右基準地の定め方は適正なものであること、被告は整理後の各基準地につき、本法に基づき適正に選任された評価員三名のほか、横浜市の前記内規の定めるところに従つて土地区画整理審議会委員九名、土地事情精通者九名の意見を聞き、固定資産課税評価額、売買実例等を参考にして各価額を算出し、かつ路線価指数に換算したが、路線価の一個価は一八円と定めたこと、整理前の基準地の路線価及び路線価指数は、整理後のそれとの比較、均衡、整理による宅地の利用価値の増進等を考慮して定めたこと、基準地を定めなかつた路線の路線価指数は、基準地を定めた路線の路線価と彼我比較してこれを定めたこと、本件従前の宅地と換地が接する各路線は基準地を定めた路線ではなく、被告は右のようにして各路線の路線価指数をそれぞれ四二五個及び五四〇個と定めたことが認められ、右事実と右掲記各証拠によると、本件整理における路線価の一個価は一八円と評価するのが相当であり、また、本件従前の宅地及び換地の接する各路線の路線価指数の定め方及び評価自体相当であると認められる。
本件従前の宅地の奥行が被告主張のとおりであることは当事者間に争いがなく、前掲乙第二号証によると、右宅地の間口が八・四八メートルであること、換地の奥行が二二・四八メートルで、その間口が一〇・二八メートルであることが認められ、これらの事実及び前掲乙第一号証、証人藤巻修の証言(第二回)を併せ考えると、本件従前の土地及び換地につき考えるべき前記画地の特殊性に基づく修正は、奥行による修正のみであること、被告は横浜市の前記内規に従い、本件従前の宅地の奥行価格逓減率を〇・九一四、本件換地のそれを〇・九六八として計算し、その結果従前の宅地の三・三〇平方メートル当り評定指定は三八八個、換地のそれは五二三個と定めたこと、右奥行価格逓減率は一応科学的、理論的なものであることが認められる。
八、以上の事実によれば本件従前の宅地全体の総評定指数は三六、九九六個であり、本件換地全体のそれは三六、六一五個となること、右各評定指数に前記一個価を乗じて、本件従前の宅地の評定価額は六六六、二八八円(三・三〇平方メートル当り六、九八八円)、本件換地のそれは六五九、〇七〇円(三・三〇平方メートル当り九、四一四円)となることは計数上明らかである。鑑定人長沼吉治の鑑定の結果は本件換地の価額は本件換地処分の行われた昭和三六年三月六日当時三・三〇平方メートル当り二八、〇〇〇円と評価するのが相当だというのであるが、前掲乙第三ないし七号証に照らすと右鑑定の結果は採用し難いところであり、他に宅地の評価についての前認定を左右する証拠はない。
次に前掲乙第二号証、同第三ないし七号証によると、本件整理地区内の宅地評定総指数は整理前が四三、五九九、二〇五個、整理後が四三、六二三、一四二個であること、従つて地区内の換地全体の価格の従前の宅地全体の価格に対する割合は一・〇〇〇五四九の増加割合であることが認められ、これによると、本件従前の宅地の総評定指数三六、九九六個に右割合を乗じて得た三七、〇一六個が、本件整理における換地処分が公平になされる場合に本件従前の宅地に対して与えられるべき換地の評定指数ということになる。
しかるに前記のとおり現実に指定された本件換地の評定指数は三六、六一五個であるから、右両者の差額四〇一個が本件従前の宅地の権利者たる原告らに交付されるべき清算金の指数ということができ、従つて原告らに交付すべき清算金額は右指数四〇一個に一個価を乗じて得る七、二一八円であるというべきである。
九、以上のとおりであるから、被告のなした本件清算交付金決定処分は適法であつて何ら違法があるとはいえず、右決定処分が本法九四条、憲法二九条に違反し、取消さるべきものとする原告らの主張はその余の点を判断するまでもなく理由がない。
なお原告らの本訴請求のうち、清算交付金の増額を求める部分は、行政庁の専権に属する行政処分を司法裁判所の裁判によつて得ようとするに等しく、その不適法であるのは言をまたない。
よつて、右請求を不適法として却下し、その余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 森文治 柳沢千昭 門田多喜子)
(別紙省略)